同じ脳の働きといっても、心の作用というのはその人独自のもの、世界でたった一つの
自分そのものです。
世界でたったひとつしかない自分の心ですが、ときには疲れもしますし、よろけもします。
　心の不安定状態が続くと、次第に心は病んでいきます。
それでは心の安定・不安定とはどういうことなのでしょうか。

　心はその人がもって生まれた素質と、成長するにしたがって「自分らしさ（自我）」を
どう育てていくかという環境との相互作用によって決まると考えられています。
　強くて安定した心の持ち主とは、大人になるにつれて自我がきちんと確立され心の成長
にともない外からの様々な刺激をうまく処理できるような、感情・思考・意欲をバランス
よく兼ね備えています。
　逆に考えると、やたら感情的だったり、頭でっかちで思考ばかりが発達していたり、
まるで意欲がなかったりすると、三つの要素がアンバランスになるとき、心は不安定に
なります。

　改めて自分のまわりの人たちを思い浮かべてください。
怒りっぽい人・思い込みの強い人、実に様々な心の持ち主がいると思いませんか。
心の病気になってしまうかどうかは、人それぞれの心の安定度がどうやら鍵をにぎって
いるようです。
それでは、安定した心はどんな理由で不安定になってしまうのでしょうか。

　脳は外から入ってきた刺激や情報を整理して判断し、体や心の動きを決定しますが、
うつ状態を含め、心を不健康な状態におとしいれる刺激を一般的に「ストレス」といい
ます。
　ストレスは私たちの体の中で常に起こっています。
ストレスの処理が上手にできているうちは何の支障もないのですが、これがうまくでき
ないと心や体に悪影響を与えてしまいます。

　ストレスは全て悪いもののように思われがちですが、そうではないのです。
私たちが健康な生活を送るためには、適度な刺激や緊張状態も必要なのです。
適度な暑さや寒さは、体温調節機能を刺激して、環境に柔軟に対応できる体をつくります。
　また、いくら人間関係がストレスになるといっても、たった一人で生きていくことは
できません。

　このように私たちが生きていくためにプラスになるようなストレスを「善玉ストレス」
といい、これに対してマイナスにはたらくような刺激を「悪玉ストレス」とよびますが、
この悪玉ストレスによって心は不安定になり、私たちは心身とも不健康になっていくの
です。

　過剰な悪玉ストレスがうつ病の最大の原因と考えられています。
しかし、あるストレスが悪玉なのか善玉なのかは区別がつきにくいものであるし、たとえ
悪玉であることが分かっても、それが過剰かどうかも識別しにくいものです。
　同じストレスが、それを受ける人によっては善玉になったり悪玉になったりすることは
よくありますし、同じ人でも精神状況によって、善玉になったり悪玉になったりすることはよくあることです。
　ストレスが悪玉か善玉かは、そのストレスを受けた結果、心や体にあらわれる影響に
よって見極めるしかないでしょう。
　もし、ある悪玉ストレスが原因でうつ状態になったとしたら、 そのストレスを確実に
取り除くようにしなければなりませんし、すでにうつ病になってしまっている人に対しては、きちんとした治療をしなくてはなりません。

　うつ病の原因となる心の作用は複雑で微妙なものです。
心をふさぐ憂うつ感が一時的なものか、うつ病の初期なのかはなかなか区別がつきません。
　しかし、一つの目安になるのが「体の不調」です。
病的なうつ状態は体の変調をともなうことが多いです。
頭が痛かったり、お腹の調子が悪かったり、熱が下がらなかったりと、症状のあらわれ方は様々です。
　体調が悪ければ、まずその症状について診察を受けることになります。
カゼだと思ったら内科でも呼吸器科へ、下痢だと思った胃腸科へ行くのが普通です。
うつ病をともなわない体の病気の場合には、そこで原因を発見し、治療を受ければ
回復します。

　しかし、背後にうつ病が潜んでいる場合には、体の診察だけを受けても原因が
見つかりませんし、もちろん病気も治りません。
体調がおかしいために受診したけど、原因が見つからず治療の効果もはっきりしない
というときは、うつ病を疑ってみてください。
背後にうつ病が潜んでいるケースでは、体の変調は心が発するSOSなのです。

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