『カウンセラーとしての立場についての問題性』



 近年、特にカウンセラー(Counselor)という言葉が用いられるようになったので、
まずこの問題から入ることにします。

 カウンセラー(Counselor)とは相談員のことです。
この相談員に対して相談に来る方をクライエント(Client)という言葉で呼んでいまが、
このクライエントとは依頼者という意味です。
 カウンセラーとクライエントによってカウンセリング(Counseling)(相談)が行わ
れることになります。
 一般に、産業カウンセラーとか、何々カウンセラーという言葉が用いられていますが、
大体、単にカウンセラーと言った場合、心理相談員を指向するものです。

 このカウンセラーにおいても、カウンセラーとしての問題が種々あるので、
これについて知っておくべきだと思います。

 まず初めに、問題になる第一の課題は、カウンセラー自体の主目的です。
お分かりだと思いますが、カウンセラーの主目的は『人間の理解』というところにあり
ます。
 よって、心理学・精神医学・精神分析の訓練を受けた方でなくても、
カウンセリングを行う場合は、この社会において数多くあると思います。
 でも、何の訓練も受けていないカウンセラーが、実際のカウンセリングに臨んで諸問題と
取り組み、はたして、その解決に行き詰まらないかという大きな問題点を考えなければなら
ないと思われます。
 もちろん、ストレス、つまり、心理的重圧を持った方から、それに対する状況を聞くだけで、 その方のストレスが解消できるならば、そのカウンセリングは成功したことになり、
その時のカウンセラーはカウンセラーとして成り立ちます。
 しかし、あらゆる場面に直面し、それに即応して種々の問題を処理できる者が、
基礎としての共通する理論や体系というものを持たない者の中にどれほど多く存在するかと
いうことになると、とても疑わしいものであり、ここに、基礎的理論や体系の重要性が、
計り知れないことが分かります。

 よって、多くの場面に対応できるようなカウンセラーになるためには、
より以上に人間理解のための多くの研究を行い、豊富な経験を積まなければならないと思います。
 さらに要求されることは、それらを体系化し、基礎というものを理論的に把握している者でなければならない とも考えられます。

 ただ、カウンセラー的素質があれば、誰でもカウンセリングができるというものではないと思われます。
つまり、普通の方々がカウンセリングを行う場合は、限られた条件などに制約されて、
なかなか困難な仕事になり、特に年齢層の若い人ほど、その理解に苦しむことになるのではないでしょうか。
 カウンセラーに要求される豊富な経験という問題に直面することと思われます。
実際問題として、自分からその経験に飛び込んで体験するということは難しいことです。
例えば、その人の環境性・許された時間など、様々な制約の中で、あらゆる経験を積むことは困難でしょう。

 そこで、カウンセラーを目指す方は、一体、この問題をどう解決しておくべきかが重要です。
そのためには、歴史・伝記・自叙伝・個人的な経験談・その他あらゆる文学・音楽・劇・記録・統計など 、見たり聞いたり読んだりすることだと思います。
 これらを分析していくと、必ずといってよいほど、その中に1つの共通した理論や体系が見出されます。
これらの理論や体系は、全て心理学の理論や体系と深く結びつくものであると考えられます。


 次に、カウンセラーにおける、特に企業の中の社内カウンセラーの立場について書いていきます。
 今日、企業内においても、種々の形でカウンセリングという問題が取り上げられてきています。
企業内における人間関係の問題や、その企業内に働く個々の人々の心理的な問題解決に役立たせようと するものですが、企業自体を伸ばすことに最終の目標が置かれています。
 ここに、社内カウンセラーのカウンセリングに対する、重大な課題があることを理解する必要が あると考えられます。
 経済社会をはじめ、一企業に至るまで、その構成の中心をなすものは全て人間であり 人間関係です。
たしかに、人間あるいは人間関係を良くするということは、その経済社会あるいは企業を伸ばすことに 違いないのですが、今日、非常に多く見られる例として、特に企業内におけるカウンセラーの立場に 対する理解ということが問題になっています。
 なぜ、このような問題が起こるのでしょうか?
それは、この問題が起こるところに何か矛盾があるからです。
そこで、この矛盾を究明した時、そこに起こる最も代表的なケースとして挙げられる点は、企業体とその企業内 におけるクライエントとの関係における矛盾です。
 例えば、ある企業内におけるクライエントに対して、その企業内におけるカウンセラーが カウンセリングを行った場合、その問題責任が当然企業の側に原因があると明確に指摘できる場合でも、 そのカウンセラーに対する企業側の理解がないために、クライエントと企業との板ばさみになってしまうことなどです。
 また、クライエントのストレスを解消するためには、長期にわたって指導をしたり、 教育をする必要があると明確にされながらも、企業全体としてそこまでクライエントの面倒を見切れないなどの原因から、 カウンセラー自身が企業自体の立場に置かれなければならないなど多くの問題が潜んでいます。
 しかし、カウンセリングの目的は、クライエント自体に対する問題でなければなりません。
カウンセラーの純粋な人格的な立場としては、企業側,クライエント側という立場に置かれるものではなく、 中立的な立場になくてはならないものです。
 そこで、特に注意しておかなければならない問題は、企業カウンセラーを望むなら、企業体の中における カウンセラー制度を重要視し、このような状態にカウンセラーの立場を追い込まないようにすることです。
 このような状態に追い込むと、カウンセラーおしてはカウンセリングの主目的を達成することができないし、 企業体としてこのような態度では、企業カウンセラー制度を採用すること自体に行き詰まりをきたすでしょう。

 企業運営上において、心理解析のできる者を雇って、そこに働く従業員の心理状態をいち早くキャッチし、 精神的、あるいは、心理的に障害のある者をただちに追い出す政策を採ったり、カウンセラーの制度を設けることによって、 従業員の不満やストレスの状態などの情報を得て、従業員の考課表を設けるなど、 カウンセラーとしてあるまじき行動をとる場合があります。
つまり、個人の秘密は守らなければならないのに、それに反して、それらの情報を得るなど、 たしかに企業を伸ばす上においてはその目的は同じであるかもしれませんが、 本来のカウンセラー制度、つまり、人間性,人間関係を改善してその企業を伸ばすというのとは、 かなりその方向が異なるものがあります。
 そこで、ここに企業体におけるカウンセリングという問題に、2つの問題が起こってきます。
その1つは、企業体の情報機関となっているカウンセラーの立場についての問題です。
 まず、情報機関的な,解雇的なカウンセラー制度を採ることは、たしかに初期においてはふるいにかけた人事制度が 採られ、効果が高いようにも見えます。
 しかし、人間は、それ自体の本質から考えると、肉体的に種々変化していることを見ても分かるように、 心理状態においても同様に変化しているものです。
 よって、その人間が一生同じような心理状態にいるわけがありません。
何らかの形でストレスを持ち、また、何らかの要因でそのストレスが解消され、種々変化しています。
そこで、いちいちその人間の状態が悪いからといって、指導も教育もしないで解雇していったら一体 どうなるでしょうか。
 その企業に必要な経験や技術を長年にわたって得た人は、そのために中断されていかなければなりません。
また、企業として、それだけの人間を入れ替えていくことが可能でしょうか。
さらに、残っている人も、いつかは心理的に最悪の状態に陥るかもしれません。
絶対に陥らないという保証もありません。
そこで、いかに解雇的なカウンセラー制度が誤っているかが理解できると思います。
 ここに、企業内にカウンセラー制度を設け、その企業内におけるカウンセラーを志すならば、 純粋なカウンセラーとして充分活躍できる場を得なければなりませんし、また、個人の秘密を厳守することや、 客観的な立場に立つという権限や責任を持たなければなりません。
 また、そうすることによって、企業内のカウンセラーとして、企業における人間性を良くし、 人間関係を向上させることになり、その企業体が設けたカウンセラー制度の成果が得られるのでしょう。

 つまり、これらのことは、これからの企業内におけるカウンセラーの立場の理解とカウンセラー制度に対する明瞭な 解答を与えるものです。



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